練馬区の動物病院 練馬セイブペッツ
猫伝染性腹膜炎(FIP)について
〜猫伝染性腹膜炎(Feline infectious peritonitis, FIP)とは〜
まず、猫伝染性腹膜炎(FIP、エフアイピー)とはコロナウイルス感染症の一つです。
半世紀以上前に発見されてから現在に至るまで多くの猫の命を奪ってきた非常に恐ろしい感染症です。
発見当時から現在に至るまでFIPに対して有効なワクチンや治療法は存在しなかったため、診断を受けた後の数日から数週間、長くても数ヵ月以内で亡くなってしまいました。
個人的にも苦い思い出の多い病気で、飼い主様にこの病気の説明をする際には心が痛みました。
ところが近年、FIPに対する有効な治療薬が発表され、これまでのFIPに対する常識が変わってきています。
その治療薬のひとつであるモルヌピラビルという薬を当院でも導入することにしましたので、今回はFIPに関してお話ししていきます。
〜症状について〜
腹膜炎と言われてぱっと症状が浮かぶ人は少ないと思います。
始めは元気・食欲の低下、発熱といったいわゆる猫風邪のような症状がでます。
ただ、猫風邪は対症療法で改善するのに対して、FIPの場合は薬にほとんど反応せず、状態は悪化していきます。
病気が進行してくると元気、食欲がなくなります。
胸水や腹水が貯まるウェットタイプと、それらが貯まらないドライタイプとに分かれます。
ウェットタイプでは腹水が溜まることによるお腹の張りや胸水による呼吸困難、ドライタイプでは神経症状、眼の症状など様々な症状が現れます。
典型的なウェットタイプの例としては、2歳以下の若い雄猫に多く、発熱、胸水や腹水の貯留、血液検査での異常が見られます。
飼い主様も我々獣医師も恐怖を感じるほどに刻一刻と状態が悪くなっていき、短期的に死に至ります。
〜診断について〜
FIPは重症化するのが早いため、症状が軽いうちに素早く診断しなくてはいけません。
ただ確定診断が難しいのもこの病気の厄介なところです。
典型的なウェットタイプで、腹水のPCR検査が陽性であれば、FIPの可能性が限りなく上がりますので、さほど診断は難しくはないですが、、
特徴的な所見のないドライタイプのFIPは診断に苦慮する場面が多く、1回の検査で診断がつかず、同じ検査を繰り返す場合もあります。
臨床症状や血液検査、画像検査(超音波検査、レントゲン検査、MRI検査など)などを組み合わせることでその疑いを強くし、FIPの仮診断を行います。
ちなみに、最も確実な診断は病変部(例えば腫れているリンパ節や腎臓など)を手術で摘出し、ウイルスを検出する方法になりますが、
現実問題として状態が悪い中、診断のためだけに手術をして負担を強いることは個人的に全く推奨しません。
そのため、現実的には比較的負担の少ない血液検査や画像検査(超音波検査やレントゲン検査)、眼の検査、胸水・腹水検査などで診断のヒントを集めることになります。
〜FIPの治療について〜
FIPの診断(あるいは仮診断)に至ったら治療に移らなければいけませんが、
FIPの従来の治療はステロイド剤などの対症療法であり、一時的に症状が和らぐことはあってもすぐに状態は悪化し、死に至る病気でした。
近年ではMUTIANやGS-441524など新規薬剤の治療効果が判明し、FIPは治る病気だというフレーズを耳にすることが増え、
FIPと診断されても希望を捨てずに前向きに治療に取り組むことができるようになったと思います。
しかしながら、それら薬剤は有効性があるものの、どうしても費用面がネックになってしまい、当院での導入は躊躇しておりました(治療費用として50-100万円程度かかるようです)。
治療費用が現実的で且つ効果が高い薬を待望していたところ、
人の新型コロナウイルス感染症の治療薬であるモルヌピラビルがFIPに対して有効であることがわかってきました。
〜モルヌピラビル について〜
FIPに対するモルヌピラビルの有効性は2023年に学術論文でも発表されており、
発表された症例数は少ないながらもその治療効果は期待できると考えております。
モルヌピラビルは飲み薬で、1日2回決められた量を服用し、それを84日間(12週間、およそ3か月)継続します。
その学術論文によると約80%の症例で改善が認められており、治療終了後数カ月程度経過時点においても再発は認められていないです。
当然、モルヌピラビル単独の治療効果ではなく、その他の薬の使い分け(対症療法)や飼い主様の協力があっての効果だと思いますが、
少し前までは致死率100%と言われていた病気とは思えないほどの治療成績だと思います。
費用面に関してもMUTIANやGS-441524の約1/4程度で、より現実的になっています。
モルヌピラビル の副作用として、
血液検査での肝数値上昇が2割くらいの症例で認められ、まれに黄疸を呈していますが、
肝数値上昇については時間経過とともに正常範囲まで低下し、黄疸の症例も3日間の入院治療で快方に向かっています。
〜当院からの提案〜
当院でもFIPと診断した際には、治療提示の一つとしてモルヌピラビルを上げさせていただきます。
ただ、モルヌピラビルのリスクやデメリットとして現時点ではデータが不足している為、
以下については、飼い主様にもご認識頂く必要があります。
・あくまで猫におけるモルヌピラビルは適応外使用であること
・薬の効果や副作用、中長期的な安全性や再発率、ウイルス側の薬剤耐性の獲得の有無などまだ不確かな部分があること
・すべての症例で効果が得られるわけではないこと
新しい治療薬ができたとはいえ、万能薬と言えるわけでなく、FIP自体が難しい病気であることには変わりありません。
ですが、治る可能性がある病気であれば、当院では積極的に治療の提案を行なって参りますので、
FIPの治療にお悩みの患者様がいらっしゃいましたら、当院にご相談いただければ幸いです。